島田卓の「ニャンてことだ!インド」

日々のインドの動きを軽快に分かりやすく書き綴ります。
<< July 2010 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

インドから見えてくる日本の現状(その3)

 2月26日にインドの2010年度国家予算が国会に提出された。予算内容の詳細説明は省くが、国会での与党国民会議派の姿勢に自信の程がうかがえた。2008年秋のリーマンショック後の世界的金融危機で、新興国もご多分に漏れずその影響をかなり受けたが、インドは3次にわたる経済刺激策を実施、09/4−10/3年度が7.2−7.5%の国内総生産(GDP)成長率とされ、10/11年度は8%以上、それ以降は9%成長に戻るとの予測で、経済回復基調を鮮明にしている。

 今回の予算内容で野党や与党連合を組む政党からも槍玉に上がったのが、燃料価格の引き上げである。一般庶民の生活を脅かすものだという主張だ。しかし、今回の値上げや国営企業株売却の推進などは、経済刺激策による財政赤字の拡大が国の格付けにも影響を及ぼすことから、当然取るべき政策の一環であった。

 しかし、与党攻撃の絶好のチャンスとみた野党人民党(BJP)などは国会ボイコットの挙に出て、議場にいる国会議員は半分くらいになってしまったようだ。そこで“ビビル”のは数の論理に寄りかかり、数の向こうに何があるかが見ない人達ではないか。近いうちに州議会選挙があるからとかの理由で、人気取り政策に走ることの危険を与党国民会議派は嗅ぎ取ったのではないか。

 任期5年間で(国家と国民のために)成すべきことは何か。当然のことながら、民主国家で全ての人がハッピーな政策などありようも無いが、向かうべき道筋は、世論や専門家などの意見をベースに慎重に分析すれば、当たらずとも遠からずの結論は得られよう。それを着実に実行する。横から茶々を入れる人もあろうが、軸足はぶらさない。

 ムカジー財務相は最善の予算案を提出しているとの自信からか、自陣協力党も含め半数近くの議員が議場から退出してもビビルことなく予算案の読み上げを続け、最前列に陣取ったマンモハン・シン首相は平然とその推移を見守った。昨年5月の総選挙で圧倒的勝利を勝ち取った与党連合の数に頼むことなく、協力等の自軍離れを招こうと、通すべき筋は通す。その向こうに見えるものはより多くの市民(支持者)ではないか。今の日本の与党民主党には、その辺がまだ見えてきていないかのようだ。民主党危うし、である。

(注)ケネディーの話は次回にしました。済みません。

「ミカちゃん」母と3匹の子猫たち
「ミカちゃん」母と3匹の子猫たち
 お約束した家ネコ親子の証拠写真です。ネガが見つからず、写真の写真ですのでぼやけていますが、何となく見分けていただけるかと思います。お乳をあげているのが母ネコの「ミカちゃん」で、向かって左から「デリー」「アグ」と里子に出した子猫です。「デリー」と「アグ」は、「ここんちにいるんだー」てな感じで、そのまま居座りました。で今では、母親を上回るくらいにまで大きく成長し、我が家で悠々自適の生活を送っています。
- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

インドから見えてくる日本の現状(その2)

 前回、日本企業(を運営している日本人)も「Change」が必要だと書いたが、実行している人たちもいるようだ。昨日テレビを見ていて知ったことだが、秋田国際大学卒業生の就職率は99%だそうだ。その上、就職先には誰が聞いても分かるようないわゆる一流企業がずらりと並んでいる。しかし、4年間で卒業できる人の割合は半分くらいで、いかに大学に入ってから鍛えられる(自分で勉強するか)がよく分かった。それも授業は英語でおこなわれる。一般的な日本の大学なら、入学さえしてしまえば4年後の卒業は決まったようなもの。さほど勉強をする必要もない(自分がそうだったので、後々苦労したが)。

 かなり前になるが、日経の宣伝に「大学出たら勉強しよう。勉強するなら日経を読もう」というのがあり、日経が良いかどうかは別にし、正にピッタシ・カンカンで、自分のことを言われているような気まずい思いをした。大学が知識の詰め込み場である必要もないが、少なくとも(多種多様な)ものの考え方や語学は、徹底して教えておく必要がある。

 日本の場合にはどこを切っても金太郎飴といわれるように、また一億総中間層といわれるように、似たもの同士の国なのだ。これがインドなどに行けば、階層構造で市場を切ったら何層にもなって複雑で異なった面が現れ、それを分析・理解する必要がある。

 でも、そんな社会構造も身をもって体験していない人間に、いくら座学をやってみたところで、そんな知識は実践では使えまい。その点で、素晴らしい政治家がいた。その人の名は「ジョン・F.ケネディー」。同大統領は1960年、「教育は国防である」との考えから、アメリカ人が外国のことをもっと知る必要があるとし、議会で国防教育法を成立させている。この法律により、従来欧州言語が中心だったアメリカの大学は、ロシア語や中国語、日本語などにも目を向けるようになっていく。と同時に、若者が他国を見るための支援も行い、見聞を広め、思考範囲を拡大させ、内外から自国を比較、分析できる力を付けろと若者の背中を押して海外に送り出した。そして、その逆もやっている。「いのちを、守りたい。いのちを守りたいと、願うのです」と連呼されても、哲学的素養の無い私などには、具体的イメージがわいてこない。ケネディー大統領が50年も前に取った具体策で、アメリカがどんな恩恵に浴したか、次回書いてみたい。(続く)

子連れネコの「ミカちゃん」
子連れネコの「ミカちゃん」
 5匹目の登場。これで、家ネコと外ネコの紹介が終わる。名前は「ミカちゃん」。どうも長女が付けたらしいが、本当のところは不明。私の付けるような名前ではない。実は彼女が、登場済みの「デリー君」と「アグちゃん」の母親である。バツイチかバツニか分からないが、子連れで世話になりに来た。「子連れ狼」というのは聞いたことがあるが、「子連れネコ」というのはない。3匹が親子であることの証拠は、後刻お見せする。本当は子供は3匹いたが、1匹はもらわれていった。「アグちゃん」とその一匹を里子に出したが、「アグ」の方は拒否権を行使(里親に馴染まず)、出戻りで、母親ともう一人の兄弟と一緒に我が家にいる。
- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

インドから見えてくる日本の現状(その1)

 Newsweek(日本語版2月10日号)を読んでいて「納得」なのだが、非常に「気になる」記事があった。79年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』というベストセラーを出版したハーバード大学名誉教授エズラ・ボーゲル(Ezra F.Vogel)氏と中国の気鋭の経済学者周牧之(チョウ・ムーチー)氏との対談(ジャパン・アズ・ナンバースリー)のなかで、『日本人もハーバードに来ている。しかし彼らは帰国した後、企業や政府機関に「籠もって」しまう。日本人は聡明だが中国人の言うところの「小聡明(シアオツォンミン)」。一定の範囲内の聡明さに限られる。』と言っているくだりだ。限られた範囲であれば百点も取れるほどの聡明さを発揮するが、範囲を取っ払われると何をしていいかわからず路頭に迷うから、「君子危うきに近寄らず」的に何もせず良い子を決め込む。その背景には、「敗者は復活できず」という日本的社会のおきてのようなものが、まだ残っているように思える。失敗しても米国のように“Nice try.(Try again!)”という社会環境が出来上がっていないからではないか。

「世の中には何一つまともなことを企てないがゆえに、過(あやま)つことも全然ない人々がいる」や「過つのは人間」と言ったのはドイツのゲーテだ。「おろかなる者汝の名は・・・」ということになるが、事を起こさず惰眠をむさぼり、その上富や名声が得られるとなれば、あえて火中の栗を拾う人も無くなる。日本的美学の「沈黙は金」や「物言えば、唇寒し・・・」などはインドでは通じない。むしろ、「沈黙は死」を意味する。なぜなら、ゼロは何倍してもゼロだから。

 モノづくりにボーダーがあって、若年労働者が十分いたときには、黙々と働く日本的美学が通用したかもしれないが、これだけ世界経済がフラット化してくると、そう言ってもいられない。そこに存在することを、あらゆる手段を講じ、伝えていく努力が必要だ。だから、そと(インド)から見ると、日本企業の魅力も見えてこなくなってしまう危険性がある。そうならぬよう、日本企業(を運営している日本人)も「Change」する必要がある。(続く)

蓮の花ではなくテーブルの上に乗るテレビ好きの女神さま、「サラちゃん」
蓮の花ではなくテーブルの上に乗るテレビ好きの女神さま、「サラちゃん」
 4番目の顔見世は「島田サラスヴァティー」です。通称「サラちゃん」。雑種の雌ネコです。名前の由来は、聡明であるがゆえに、インドの学問・芸術をつかさどる女神(サラスヴァティー)にちなみ付けました。日本に輸入されたサラスヴァティーは弁才天(別に、妙音天・美音天ともいわれる)になりました。テレビが好きです。テーブルに乗り、ニュースを聞いています。眠っているのではなく、愚かなことで国会審議にうつつを抜かす輩を見て、「ニャンてことだ」と嘆き悲しんでいるところ(と見受けました)です。
- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

マハトマ・ガンディーは優しく微笑む

ガンディー没後62年目の命日である1月30日、インド各地で式典が行われた(C)PTI通信
ガンディー没後62年目の命日である1月30日、インド各地で式典が行われた(C)PTI通信

 1月29日に、鳩山首相が施政方針演説をおこなった。その中で、非暴力主義を貫きつつ世を去ったインドの政治家マハトマ・ガンディーの残した言葉に触れている。奇しくもその翌日が、ガンディー没後62年目の命日だった(1869年10月2日−1948年1月30日)。鳩山首相はご存知だったのだろうか。

 マハトマとは「偉大なる魂」という意味で、インドの詩聖と言われるタゴールから贈られた尊称といわれ、本名は、モハンダス・カラムチャンド・ガンディー。その類稀な人物が「社会的大罪」としてあげたのが鳩山首相演説にあった七つである。顰蹙を省みず言ってしまえば、悪い冗談かと思ってしまった。何故そう思ったか、若干個人的な感想を述べてみたい。

 最初に言及した、行き過ぎた「道徳なき商業」と「労働なき富」は、濡れ手で粟のような利益追求と、分かってしまったら税金を納めてそれで終わり、という類のもので、それらを「どのように制御していくべきなのか」と問うていらっしゃるが、私などのぼんくら国民に聞かずとも、もっと良くお分かりの方がいるはず。動いた金や、納めたといわれる税金の額を知って、まともに仕事をするのがいやになってしまった。

「理念なき政治」、別に「原則なき政治」とも訳される。選挙で当選することを至上命題とし、その結果を持って全て「善」とする。そのために国政はどうなってしまうのかには言及しない。「国滅んで山河あり」かも知れないが、仕分けに奔走し「人間性なき科学」への対応が後手に回ってしまえば地球の温暖化は進み、山河も残らない。

「人格なき教育」については、「ゆとり教育」を掲げ、それを引っ込め、今は「未来を担う子どもたちが、自らの無限の可能性を自由に追求していける、そんな社会を築いていかなければなりません」と言うが、その未来がまったく見えてこない。

『科学者アインシュタインは、かつて「このような人物が肉と血をもってこの地上を歩いたとは、未来の世代は信じられないだろう」と、ガンディーの気高い人間性に惜しみない賛辞をおくっている』(「ガンディーとタゴール」森本達雄著、第三文明社刊)

 願わくは、「ニャンと悪い冗談」と言った私の不明を恥じる日の来ることを。

我が家のかしまし娘「アグちゃん」
我が家のかしまし娘「アグちゃん」
 三番目の顔出しは「アグちゃん」です。フルネームは「島田アグラ」です。雑種のメスで、他の家ネコ同様、家主の意向で(不妊手術されてしまい)子孫は残せません。ソフト裂きイカが好きで、「特に北海道産が良い」と本人は言ってます。かしましいことおびただしく、電話など掛かってくると電波妨害よろしく発声します。女主人は「うるさい子だね、この子は」とニコニコしています。やってられません。
- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

たかが食パン一斤(¥260)のことですが

 通勤に上野駅を使うのだが、駅構内に週一ぐらいで立ち寄るパン屋さんがある。最近、食パンを買おうと立ち寄ったとき、切分け前の角棒型のやつは眼に入ったのだが、スライスし小分けしたのが棚には一つもない。若い店員さんに「何時頃小分けした食パンが棚に乗るのですか?」と聞いたら、「・・・?」であった。そしたら、そばにいた中年の感じの良い女性店員がその辺のやり取りに気付き、「すぐお切りしますよ、一斤でよろしいですか」ときた。こちらは反射的に「ハイ」と応えてしまった。本当は半斤でも良かったのだが。

 その女性店員は、すぐさま角棒食パンを取り出し、私の好みの厚さを聞いた上で一斤分を切り、子袋に入れてくれた。その間、レジの若い店員さんに代金処理を指示していた。ただそれだけのことである。でもいろいろ教えてくれる。若い店員はお客が選んで持ってきたパンを種類に応じて子袋にいれ、購入金額をレジに打ち込み代金を受け取り、お客を送り出す。その手際は小気味良い。でも、一度その手順が狂ったり、想定外のことが起こると、戸惑ってしまう。状況を把握し(気付き)、どういう対応が必要かと思考をめぐらし(考え)、最適と思われる対応を実行し(行動し)、そしてそれを繰り返す(持続させる)。人材育成の難しいところだ。

 同じことがインドビジネスでも言えないか。先進国での海外勤務があり、評価もそこそこの人物をインドに送り込む。でも彼(彼女)はインド人の生活様式や文化、社会慣習などには無頓着か、聞きかじりの「インドにはカーストがあって、云々」とやらかす。通り一遍のことは理解できても、既成概念で凝り固まった思考回路は教えられた通りでしか回らない。で、本当の意味でのインド理解は進まない。行き着くところが見えてくる。お互いに不幸な結末である。食パン一斤の購入行為が、インドビジネスをやる上での日本側(及びインド側)社員への適切な教育がどれだけ重要かを教えてくれた。その辺を踏まえた対応を、どれ程の日本企業が考えているか。ニャンだか、心配なことではある。

息子「デリー君」の天敵?「アウト君」
息子「デリー君」の天敵?「アウト君」
 第二回目の顔見世は、「アウト君」です。外ネコで、家の中に入れてもらえないので、何時も外にいます。朝昼晩と飯を食いに来ます。人肌の牛乳も好きです。家に入れてもらえない理由は、大事な馬鹿息子(デリー君)をぼこぼこにいじめるからです。デリーは何度か病院送りにされました。したがって、デリーが外に行くときは、周囲に十分注意を払い、アウトのいないことを確認してからとなります。でも、アウトもかわいいヤツです。根性の座った、いい顔しているでしょう。
- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
プロフィール
島田卓
RSS