島田卓の「ニャンてことだ!インド」

日々のインドの動きを軽快に分かりやすく書き綴ります。
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インドから見えてくる日本の現状(その1)

 Newsweek(日本語版2月10日号)を読んでいて「納得」なのだが、非常に「気になる」記事があった。79年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』というベストセラーを出版したハーバード大学名誉教授エズラ・ボーゲル(Ezra F.Vogel)氏と中国の気鋭の経済学者周牧之(チョウ・ムーチー)氏との対談(ジャパン・アズ・ナンバースリー)のなかで、『日本人もハーバードに来ている。しかし彼らは帰国した後、企業や政府機関に「籠もって」しまう。日本人は聡明だが中国人の言うところの「小聡明(シアオツォンミン)」。一定の範囲内の聡明さに限られる。』と言っているくだりだ。限られた範囲であれば百点も取れるほどの聡明さを発揮するが、範囲を取っ払われると何をしていいかわからず路頭に迷うから、「君子危うきに近寄らず」的に何もせず良い子を決め込む。その背景には、「敗者は復活できず」という日本的社会のおきてのようなものが、まだ残っているように思える。失敗しても米国のように“Nice try.(Try again!)”という社会環境が出来上がっていないからではないか。

「世の中には何一つまともなことを企てないがゆえに、過(あやま)つことも全然ない人々がいる」や「過つのは人間」と言ったのはドイツのゲーテだ。「おろかなる者汝の名は・・・」ということになるが、事を起こさず惰眠をむさぼり、その上富や名声が得られるとなれば、あえて火中の栗を拾う人も無くなる。日本的美学の「沈黙は金」や「物言えば、唇寒し・・・」などはインドでは通じない。むしろ、「沈黙は死」を意味する。なぜなら、ゼロは何倍してもゼロだから。

 モノづくりにボーダーがあって、若年労働者が十分いたときには、黙々と働く日本的美学が通用したかもしれないが、これだけ世界経済がフラット化してくると、そう言ってもいられない。そこに存在することを、あらゆる手段を講じ、伝えていく努力が必要だ。だから、そと(インド)から見ると、日本企業の魅力も見えてこなくなってしまう危険性がある。そうならぬよう、日本企業(を運営している日本人)も「Change」する必要がある。(続く)

蓮の花ではなくテーブルの上に乗るテレビ好きの女神さま、「サラちゃん」
蓮の花ではなくテーブルの上に乗るテレビ好きの女神さま、「サラちゃん」
 4番目の顔見世は「島田サラスヴァティー」です。通称「サラちゃん」。雑種の雌ネコです。名前の由来は、聡明であるがゆえに、インドの学問・芸術をつかさどる女神(サラスヴァティー)にちなみ付けました。日本に輸入されたサラスヴァティーは弁才天(別に、妙音天・美音天ともいわれる)になりました。テレビが好きです。テーブルに乗り、ニュースを聞いています。眠っているのではなく、愚かなことで国会審議にうつつを抜かす輩を見て、「ニャンてことだ」と嘆き悲しんでいるところ(と見受けました)です。
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マハトマ・ガンディーは優しく微笑む

ガンディー没後62年目の命日である1月30日、インド各地で式典が行われた(C)PTI通信
ガンディー没後62年目の命日である1月30日、インド各地で式典が行われた(C)PTI通信

 1月29日に、鳩山首相が施政方針演説をおこなった。その中で、非暴力主義を貫きつつ世を去ったインドの政治家マハトマ・ガンディーの残した言葉に触れている。奇しくもその翌日が、ガンディー没後62年目の命日だった(1869年10月2日−1948年1月30日)。鳩山首相はご存知だったのだろうか。

 マハトマとは「偉大なる魂」という意味で、インドの詩聖と言われるタゴールから贈られた尊称といわれ、本名は、モハンダス・カラムチャンド・ガンディー。その類稀な人物が「社会的大罪」としてあげたのが鳩山首相演説にあった七つである。顰蹙を省みず言ってしまえば、悪い冗談かと思ってしまった。何故そう思ったか、若干個人的な感想を述べてみたい。

 最初に言及した、行き過ぎた「道徳なき商業」と「労働なき富」は、濡れ手で粟のような利益追求と、分かってしまったら税金を納めてそれで終わり、という類のもので、それらを「どのように制御していくべきなのか」と問うていらっしゃるが、私などのぼんくら国民に聞かずとも、もっと良くお分かりの方がいるはず。動いた金や、納めたといわれる税金の額を知って、まともに仕事をするのがいやになってしまった。

「理念なき政治」、別に「原則なき政治」とも訳される。選挙で当選することを至上命題とし、その結果を持って全て「善」とする。そのために国政はどうなってしまうのかには言及しない。「国滅んで山河あり」かも知れないが、仕分けに奔走し「人間性なき科学」への対応が後手に回ってしまえば地球の温暖化は進み、山河も残らない。

「人格なき教育」については、「ゆとり教育」を掲げ、それを引っ込め、今は「未来を担う子どもたちが、自らの無限の可能性を自由に追求していける、そんな社会を築いていかなければなりません」と言うが、その未来がまったく見えてこない。

『科学者アインシュタインは、かつて「このような人物が肉と血をもってこの地上を歩いたとは、未来の世代は信じられないだろう」と、ガンディーの気高い人間性に惜しみない賛辞をおくっている』(「ガンディーとタゴール」森本達雄著、第三文明社刊)

 願わくは、「ニャンと悪い冗談」と言った私の不明を恥じる日の来ることを。

我が家のかしまし娘「アグちゃん」
我が家のかしまし娘「アグちゃん」
 三番目の顔出しは「アグちゃん」です。フルネームは「島田アグラ」です。雑種のメスで、他の家ネコ同様、家主の意向で(不妊手術されてしまい)子孫は残せません。ソフト裂きイカが好きで、「特に北海道産が良い」と本人は言ってます。かしましいことおびただしく、電話など掛かってくると電波妨害よろしく発声します。女主人は「うるさい子だね、この子は」とニコニコしています。やってられません。
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たかが食パン一斤(¥260)のことですが

 通勤に上野駅を使うのだが、駅構内に週一ぐらいで立ち寄るパン屋さんがある。最近、食パンを買おうと立ち寄ったとき、切分け前の角棒型のやつは眼に入ったのだが、スライスし小分けしたのが棚には一つもない。若い店員さんに「何時頃小分けした食パンが棚に乗るのですか?」と聞いたら、「・・・?」であった。そしたら、そばにいた中年の感じの良い女性店員がその辺のやり取りに気付き、「すぐお切りしますよ、一斤でよろしいですか」ときた。こちらは反射的に「ハイ」と応えてしまった。本当は半斤でも良かったのだが。

 その女性店員は、すぐさま角棒食パンを取り出し、私の好みの厚さを聞いた上で一斤分を切り、子袋に入れてくれた。その間、レジの若い店員さんに代金処理を指示していた。ただそれだけのことである。でもいろいろ教えてくれる。若い店員はお客が選んで持ってきたパンを種類に応じて子袋にいれ、購入金額をレジに打ち込み代金を受け取り、お客を送り出す。その手際は小気味良い。でも、一度その手順が狂ったり、想定外のことが起こると、戸惑ってしまう。状況を把握し(気付き)、どういう対応が必要かと思考をめぐらし(考え)、最適と思われる対応を実行し(行動し)、そしてそれを繰り返す(持続させる)。人材育成の難しいところだ。

 同じことがインドビジネスでも言えないか。先進国での海外勤務があり、評価もそこそこの人物をインドに送り込む。でも彼(彼女)はインド人の生活様式や文化、社会慣習などには無頓着か、聞きかじりの「インドにはカーストがあって、云々」とやらかす。通り一遍のことは理解できても、既成概念で凝り固まった思考回路は教えられた通りでしか回らない。で、本当の意味でのインド理解は進まない。行き着くところが見えてくる。お互いに不幸な結末である。食パン一斤の購入行為が、インドビジネスをやる上での日本側(及びインド側)社員への適切な教育がどれだけ重要かを教えてくれた。その辺を踏まえた対応を、どれ程の日本企業が考えているか。ニャンだか、心配なことではある。

息子「デリー君」の天敵?「アウト君」
息子「デリー君」の天敵?「アウト君」
 第二回目の顔見世は、「アウト君」です。外ネコで、家の中に入れてもらえないので、何時も外にいます。朝昼晩と飯を食いに来ます。人肌の牛乳も好きです。家に入れてもらえない理由は、大事な馬鹿息子(デリー君)をぼこぼこにいじめるからです。デリーは何度か病院送りにされました。したがって、デリーが外に行くときは、周囲に十分注意を払い、アウトのいないことを確認してからとなります。でも、アウトもかわいいヤツです。根性の座った、いい顔しているでしょう。
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アンドラプラデッシュ州テランガナ地域の分離独立の意味

 分離独立を目指す地域指導者のハンガーストライキに「これはヤバイ。死者が出る」とでも思ったのかインド政府は、一旦決めた決定を先送りにした。でも、こういった動きは余り阻止する必要もないように思える。インドは昔から『Most unmanageable country in the world(世界で最も統治の難しい国)と言われ、英首相だったチャーチルなどは英国議会で「インド人に自国を統治する能力はない。絶対独立を認めてはダメだ」と嘯(うそぶい)たそうだ。結果は、チャーチルの負け。28州と7の連邦直轄地からなるインドは、とりあえず世界最大の民主国家として日々機能している。

 私はもともとインドを「The United States of India」と表現しており、その方向にインドが進んでいくと見ている。先輩格のアメリカは人口ではインドの約1/3だが、州の数は50もある。建国230年チョイの国だが、各州にそれなりの自治権を与え、それをユナイト(統合)し、アメリカが成り立っている。国と州をうまく分離することで、インドはもっとましな国になるのではないか。

 中央と結託した地方の政治家が私服を肥やし、何かあったら中央政府に泣きこみ、貴重な税金の無駄遣いを強いる。中央の政治家も、選挙のときに地方政党にお世話になるものだからいい顔をしてみせる。もうそろそろ真面目にその辺の是正を図っていかないと、永遠に「眠れる巨象」は目を覚まさずに冥土に行くことになるか、社会不満が高じて経済大国への夢もはじける。まさか隣国のような軍事政権になることはないだろうが、今でも社会の底辺で呻吟する人たちは取り残され、経済大国と世界最大の貧民国の両称号をいただくことになろう。そんニャンでいいのだろうか?

ブログ再開のご挨拶

 2年ほど雑文を書いて、このブログに掲載し(過去の記事はこちら)、大変なので少し休み、そしたらまた書いてみたくなりました。

 今回は前みたいに余り凝らないで、日々のインドの動きの中で「今ニャロー」とか、「なっとくー」とか、「そういうことかも」なんて視点から、不定期に、時間が出来たら書いて見ます。

 勝手なことを書いてますので、気軽に、暇つぶしにでも読んでみてください。

猫ブログタイトル「ニャンてことだ」の由来

 我が家には家ネコが四匹いて、外ネコ(飯だけ食わせ、家の中には入れてもらえない)が一匹います。私から見て(親ばかですが)かなり賢い連中です。飼い主(男のほうで、絶対女の方でありませんので、念のため)の馬鹿さ加減を横に見て、「世の中なんてそんなモンだよ」風に毎日を過ごしています。いつか彼らのように世の中を達観して生きて行けたらいいなと思っています。そんなことから彼等の言葉を借りて、雑文の題名を「ニャンてことだ」としてみました。

「ニャンてことだ」にならぬよう、皆様のご支援を期待しています。すぐ他力本願になるところは、達観の境地の入り口にでも立てたようなものでしょうか。

今日も達観した1日を過ごす「デリー君」
今日も達観した1日を過ごす「デリー君」
 第一回目の顔見世は、「デリー君」です。自分で言うのもおかしいですが、かなりのマザコンです。日本生まれ(雑種、捨て猫)なのに、主がインドで飯を食っているからという理由だけで、変な名前を付けられてしまいました。人間の勝手ですね。何時も女の主になぜてもらったり、ひざに乗せてもらったり、べたべたです。
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《報告》【ビジネスセミナー】「マルチ・スズキ・インディア会長R.C.バルガバ氏 講演 インド自動車産業の明日を読む」を開催いたしました

マルチ・スズキ・インディア会長R.C.バルガバ氏
マルチ・スズキ・インディア会長R.C.バルガバ氏
 2009年10月29日、株式会社インド・ビジネス・センター(IBC)は東京商工会議所(東京都千代田区)において、インド自動車産業の重鎮であるマルチ・スズキ・インディアのR.C.バルガバ会長を講師に迎え、ビジネスセミナー「インド自動車産業の明日を読む(概要はこちら)」を開催いたしました。

 第一部ではIBC代表島田より「激変するインド・日本企業の向かうべき方向とは」と題し講演を行いました。

 第二部ではR.C.バルガバ氏による講演が行われ、インド自動車産業にとどまらず、政治・経済・文化・インドでのビジネス展開の留意点など多岐にわたる内容となりました。

 定員を大きく超える60名以上の皆様にご参加頂き、激変する経済情勢の中で、インド自動車産業への関心の高さを感じることができました。

定員を大きく超える60名以上の皆様にご参加頂きました
定員を大きく超える60名以上の皆様にご参加頂きました
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